昌老

人生万事大丈夫!

2021年12月

 2001年、今から20年前に書いた記事です。(若干書き換えています)

「よいお年を」
 社会に出てから、何度この言葉を口にしただろう。それまでは一度も口にしたことのない言葉だった。どうやって覚えたのだろう。別に「年末の挨拶は“よいお年を”と言わなければならん」などと強要された覚えはない。ということは、見よう見まねで覚えた挨拶なのだろう。
 では、それまではいったい年末の挨拶はなんと言っていたのだろうか?今となっては覚えていないが、おそらく普段の別れの挨拶をしていたのだろう。

 そういえば、別れの挨拶も、年をとるにつれて変わっている。
 高校を卒業する頃までは、いつも「バイバイ」だった。
 その後、社会に出るまでは「じゃあね」とか「またね」だった。
 社会に出てからは「お疲れさん」だ。社会に出てから「バイバイ」などと言った覚えはない。
 これらも強要されてこういうふうに言い出したわけではなく、また高校を卒業したから「じゃあね」と言おうとか、社会に出たから「お疲れさん」と言おうとか決めていたわけでもない。それは流れの中で変化してきたものだ。
 ちなみに、友だちに「さようなら」と言ったことはない。そんなこと、馬鹿らしくて言えん。

 さて、社会に出てからは、学生時代からの友だちにも「よいお年を」などと言っているが、これがまた照れ臭い。言う前から「何でこいつに、そんな改まった挨拶をしないといけないのか」と思ってしまう。言っている最中も、ニヤニヤして「ばーか」などと思いながらやっているので、ありがたみも何もないだろう。まあ、相手もそう思いながら言っているんだろうけど。

 ところで、「よいお年を」のあとに続く言葉が何であるかを、真剣に悩んでいた時期がある。もちろん、
「よいお年をお迎え下さい」が正しいのだろうが、その頃はそう続くことに違和感を感じていた。
「よいお年をお過ごし下さい」、今はこの言葉は使わないらしい。
「よいお年をお取り下さい」、年寄りに向かって言っているようだ。
 やはり「よいお年をお迎え下さい」が妥当なのだろうが、先に書いたとおりで言い回しがどうもしっくりこない。
 よく年賀状に書かれている、
「よい年でありますように」や「幸せな一年を」ではいけないのだろうか?いや、これらの言葉を「よいお年を」のように略して言うとすると、「よい年で」や「幸せな」となってしまい、逆におかしくなってしまう。
 と、いろいろ考えたあげく、「よいお年を」だけでいいじゃないかというところにおさまった。後の文章は「余計だ」と思うに至ったわけだ。それから自信を持って(?)、「よいお年を」と言えるようになった。


 ということで皆さん、よいお年を。
 ・・あっ、この言葉、大晦日には使わないらしい。じゃあ大晦日の今日の挨拶は、いったいどう言ったらいいのだろう?
 また来年、そのことを悩まなければならない。

 今年最後の歩きに行った。風が強く少し寒く感じたが、日が射すとけっこう暖かかった。
 歩き始めたのは午前11時43分、貯水池を一周して駐車場まで戻ってきたのは12時45分。6キロ半のコースを1時間で回るというのが当初の目標なので、あと一歩のところまできたわけだ。年明けにはぜひ達成したい。

 さて、歩いている途中に気がついたのだが、例の『サル注意』の貼り紙が、今日はこう変わっていた。
1932F6CF-8B45-4FA1-AFEE-7692A9D665FC
 最近、八幡の市街地にイノシシが出たのだが、それを受けての警告だろう。区役所もいちいち大変である。

 そうそう、今日は猫や昆虫とは違う住人と遭遇した。
C1DB1F7E-A437-42F4-8656-B741F3A1461D
 いつもは貯水池で泳いでいるのだが、今日は岸辺で毛づくろいをしていた。猫よりもずっと大きい。
 ぼくが猫を呼ぶ時のように、「チ、チ、チ」と舌を鳴らすと、
4483AEF8-6023-40A6-BDCF-6701355262B7
 なんとヤツは回れ右をして、こちらに向かって歩いて来るではないか。えらく人慣れしている様子だ。おそらくいつもここを歩いている人たちが、餌をやっているのだろう。『猫にエサを与えるな』という貼り紙があるが、白鳥やカラスのことは、まったく触れてない。きっと彼らはO.K.なんだ。
 猫よりも大きな生き物にまとわりつかれるのも嫌だから、写真を撮り終えると、ぼくはサッサとその場をあとにして、ゴールを急いだ。

 あっ、そうだ。今気づいたのだが、こんな白鳥の写真など撮らなければ、貯水池一周1時間の壁を切れたんだ。いらんことをしてしまった。

 昨日でようやく仕事が終わり、今日と明日が休み。年明けは2日から仕事で、普通の生活にもどる。つまり今日明日は正月休みではなく、ただの連休ということだ。どこかで代休が取れるわけでも無い。社会に出てから41年、こんな生活を繰返している。

 一度だけ元日から仕事ということもあった。その時は、電話当番での出社で、中堅社員で唯一独身だったぼくが選ばれた。
 勤務は午前9時から午後6時までのはずだった。ところが帰る間際にアクシデントが起きた。施錠しようとして帰ろうとした時に、地下水が漏れているという警報が鳴ったのだ。
 ビル管理の方に連絡して、来てもらうことにしたのだが、
「酒が抜けるまで、ちょっと待っててね」という返事。結局来たのは午後9時。それから点検を始め、終わったのは11時を過ぎていた。それから会社を出て、家に帰ったのだが、帰り着いた時は既に元日ではなかった。

 ただ、こういう生活がイヤなのかというと、そうではない。人が働いている時に休みたい、というのがぼくの就活の根底にあったので、自らそうなる仕事を選んだのだ。イヤなわけがない。
 一体何の仕事をやっているのかというと、過去にブログの中で何度も書いているが、販売の仕事だ。店内限定の仕事なのだが、クレーム処理やアフタフォロー、セールスといった外回りの仕事も率先してやっている。基本、動き回ることが大好きなのだ。
 
 前にも書いたが、ぼくは93歳まで生きるそうなので、知力・体力の続く限り、この仕事を続けていきたいと思っている。

 昨日、コストコでガソリンを入れた。以前より少し安くなっていたが、それでも1リットル税込148円だ。

 およそ20年前にぼくが入れていた激安スタンドのガソリン価格は、1リットル80円台だった。今でもぼくの中では、それが基準になっている。安くならんもんかなあ。

 土曜日から月曜日にかけて、こちらでも若干雪が舞っていた。しかし積もるようなことはなく、ただ寒いだけの三日間だった。
 雪といえば、2005年に雪のことを書いている記事があった。

・・・・
会社に着いてみると、ここもあまり雪が積もっていない。
ただ、ぼくが車を駐めるところは、午前中には日が当たらない。
そのせいで、あたり一面真っ白とまではいかないが、若干雪が残っていた。
ぼくはそこを転ばないように注意して歩いていた。
ふと足下を見ると、これである。
ashiato
ashiato.jpg
言うまでもなく、鳥の足跡だ。
写真ではわからないと思うが、一つの足跡が2,3センチくらいだったから、きっと小さな野鳥のものだろう。

ぼくは何か貴重なものを見たような気がして嬉しくなり、それをさっそくカメラに納めて、みんなに見せて回った。
みな一様に「あっ、かわいい」と言った。
ところが、一人だけ口ではそう言いながらも、複雑な顔をしていた人がいた。
イトキョンである。
なぜ複雑な顔をしたのか?
ぼくにはわかる。

 記事の前半は、前日雪が断続的に降っていたので、朝は雪のため車で通勤できないと思っていた。ところが、朝目が覚めて外を見てみると、家の前の公園に若干雪が積もってはいたが、車道は濡れてもいない。それで安心して車で通勤した、というようなことを書いている。
 文中のイトキョンというのは、隣の部署にいたパートさんだ。目の大きな人だったので、笑うと目立ったんですね。

 以前書いた記事です。
わが町の事を聞かれた時にこう答えた。
割と人が多く住む町で学校も多くあり、
徒歩十五分以内にJRの駅が二つあり、
なのに地域住民は不便だと思っていて、
マイカーが欠かせなくなっております。
近くには大きな工場がいくつもあって、
出勤して行く車と出勤して来る車とで、
道路は上下線とも大渋滞しております。

学校周辺には留学生が多く住んでいて、
ママチャリを漕ぐ中国人の学生たちが
狭い道を横一列に走って青春を謳歌し、
毎朝ターバンを巻いた男女とすれ違い、
近隣スーパーでレジを打っているのは
ワンさんチンさんホーさんキムさんで、
通りは様々な外国語が飛び交っている、
自分は日本人だと自覚できる町ですよ。

 三年ほど前に書いたものだが、最近コロナ禍の影響で留学生の数が減っているような気がする。中国人学生が青春を謳歌する姿を見ることがなくなったし、ターバンを巻いた人は見なくなったし、スーパーやコンビニのレジには日本人のおばちゃんが立っている。ワンさんやホーさんは国に帰ったのだろうか?

 いろいろなブログを見ていると、年末らしい写真を掲載されている方が実に多い。そこでぼくもやってみようと思い、午前中に行った商店街やイオンモールで写真ネタを探してみた。しかし、どこも似たり寄ったりで、これはというものが見つからない。
 「ま、いいか。元々文章中心のブログなんだし。それに写真は得意じゃない」
 と写真を諦め、食事に行った。

 今日の昼食は、いつも歩きに行っている貯水池のから2〜3キロ離れた、海産物や農産物を売っている市場にある食堂にした。そこの海鮮料理が安くておいしいのだ。

 食事をしている時だった。何気なく前を見ていて、あることに気がついた。
「たしか今日は冬至やったよのう?」と嫁さんに聞いてみると、
「うん。カボチャを食べて、ゆず湯に入る日よ」と答える。
「そうよのう」
 そう言うと、ぼくはおもむろにスマホを取り出し、そこに照準を合わせ、シャッターを切った。
C36A344B-B416-4CA3-87E5-AEA0255DDC96
 この店、冬至の日の今日も、ちゃんと営業をしているのだ。確かに真冬でも氷を食べる人はいるだろうから、氷のノボリは仕方ないにしろ、さすがに『よしず』の演出はないだろう。

 以上、年末の一コマでした。

 以前、『雑おとこ』という記事を書いたことがある。
世の中実に多くの男がいるのです。
性格がいいと言われる男がいます。
イケメンと呼ばれる男がいます。
男らしいと言われる男がいます。
渋いと言われる男がいます。
男が惚れる男がいます。
家柄のいい男がいます。
バリバリ仕事が出来る男がいます。
大出世している男がいます。
それらと真逆な男もいます。

だけど恋をしている女の目には、
そういう余計なものは映らない。
たった一人の意中の男を除いては、
すべてその他の雑おとこ。
あの子にフラれたことのある
ぼくも、あんたも、あの人も、
彼女にとっては雑おとこ。
雑おとこ、雑おとこ、雑おとこ。
ただの話し相手です。
いいお友だちなのであります。


 若かった頃、好きだった女子にフラれたことを思い出して書いた記事だ。
 ぼくがその女子に、
「つきあってくれ」と言うと、彼女はちょっと困ったような顔をして、
「お友だちとしてなら・・」と答えた。
 かなりいい仲だと思っていたので、この答えはショックだった。
『それまで親しくしていたのは、友だちだからじゃなかったのか。今更「お友だち」もないものだ』と思い、しばらくふさぎ込んでいた。まったく女心というのはわからん。

 フラれた後に聞いた話だが、彼女、その頃好きな人がいたらしい。それならそれで何で、
「好きな人がいるから」と言って断らないのだろう。そうしてもらえればこちらも諦めがついたのに。

 記事は、フラれた当時を思い出しながら、
「はいはい、しょせん雑おとこなんですよ、わたくしは」
 などと言いながら書いていた。
 結局、彼女にとって男というのは、
『好きな人>お友だち=雑おとこ』だったわけだ。

 昔から頭髪の悩みと言えば、白髪の悩みだけだった。ところが最近、地肌が以前より透けて見えるようになってきている。ヤバイ・・。
 とはいえ時間をかけて白髪に悩む心を克服してきたんだから、薄毛を悩む心も克服出来るはずだ。
 ということで、このブログの中に散らばっているハゲや白髪の記事をまとめて、それを読んで克服の一助にしようと思っている。

1、
 青春は人生の汚染期だ
 老いは人生の異臭期だ
 白髪は頭髪の進化形だ
 ハゲは人類の進化形だ


2、
 ハゲや白髪の人を見ては、老化と決めつける人がいる。
 しかし、それは違う。ハゲや白髪は成長の証なのだ。だから決して老化とは言わない。
 老化というのは、身体の成長を老化と決めつける固執した心のことをいうのだ。


 5千以上も記事があるのだから、何かあると思っていたのだが、白髪はともかく、薄毛を肯定している記事はこの程度しか見つからなかった。

 他に何かないかと探していたら、こんなのが出てきた。

3、
 勉強会に集まる人の大部分が、ハゲ、シラガ、メタボだ。若い人もいることはいる。だけど周りからは同一視され、『大部分』の中に数えられている。
 もちろん本人たちは、ハゲ、シラガ、メタボを否定して若さを強調する。ところがこういう勉強会の本質が、実は同化教育なもんだから、同一視はどうにも避けようがない。
 そして彼らは知らないうちに、ハゲ、シラガ、メタボに同化されていく。さらには近い将来、後輩にも同じ勉強をさせて、同化させることになる。


 他にこういうのもあった。

4、
 明るい日がさす建物にある日影の窓をのぞいてごらん。縦縞スーツに身をかためたハゲや白髪が見えるだろう。ヤツらはそこの住人なんだ。いかにも真面目そうだろう?
 だけどハゲとか白髪とかは、真面目な人ではないんだよ。

 互いの主張を日々繰り返し、味方についたり敵対したり、挙句の果てには大声上げて罵り合ったり殴り合ったり、下手なケンカに明け暮れる。
 実は、そこの住人は、そんな暇潰しをやりながら、予算を消化しているんだよ


5、
 人間の平均寿命が百二十歳になったら
 大部分の五十代の髪は黒々しているだろう
 一部の白髪やハゲの人は早熟な人と言われ
 からかわれるだろう。


 とても一助にならん・・。

1、
 今日は朝から雨が降っていた。こういう日に限って、出仕事が入ってくる。
「悪いけど、来てくれんかねえ」
 人のいいぼくは、断り切れず、
「わかりました」
 と答えた。
 場所はすぐ近くだから、歩いて行こうと思って外に出た。しかし、すぐに考えを改めた。外はそんなに寒くはなかったのだが、そこは12月の雨だ。濡れるとやはり寒く感じるのだ。ということで、急遽車で移動することにしたのだった。

2、
 雨と言えば、以前書いた詩にこういうのがあった。
 傘をさすのが苦手なもんで

傘をさすのが苦手なもんで、
なるべく傘はささないことにしている。
そのせいで雨に濡れることもあるのだが、
さほど気にはならない。

昔からこんな調子だった。
傘をさす苦労に比べると楽なもんだと、
びしょ濡れで学校に行ったこともある。
もちろんクラス中の笑い者になったが、
それでも傘をさすよりはいいと思い、
みんなといっしょになって笑っていた。

そういえば最近は昔に比べると、
濡れることが少なくなったような気がする。
きっと空にいる神様がこんなぼくを見かねて、
降る頃合いを見計らってくれているのだろう。

 相変わらず傘をさすのが苦手だし、今は雨に濡れるのも苦手なもんで、車の中にはなるべく濡れないようにと、大きめの傘を入れている。
 しかし空にいる神様、今日は頃合いを見計らってくれなかったな。

3、
 雨の詩をもう一編。
 おかえり

午後十時半のエントランス。
雨でくもったガラスの扉に
どこかの子供が指で描いた
ドラえもんの間抜けな顔が
「おかえり」と出むかえる。
何も考えずに疲れたぼくは
「ただいま」と返している。

 これを書いたのは、一月の寒い夜だった。仕事で疲れて帰ってきた時にこれを見たとたん、心がホッコリしたのを憶えている。

 20年前に書いた記事(2001年6月1日付)に、気になることが書いてあった。

 ぼくは長生きするらしい
今日「あなたの人生採点します」というところで採点してもらったら、68点だった。
人生の絶頂期は69歳らしい。
69歳で絶頂期とは、その頃どんなことをやって絶頂しているんだろうか?
もうサラリーマンは卒業しているだろうから、道路工事の警備や駐車場の管理なんかに命をかけているだろう。
絶頂期なんだから、きっと目を輝かして仕事に励んでいるはずだ。
もう一つ、寿命まで書いてあった。
ぼくは93歳まで生きるそうだ。
あと50年も生きるのか・・・。
その頃どんなじいさんになっているんだろうか?
死因はなんだろう?
病院嫌いだから、老衰か野垂れ死にか、そんなところだろう。
それにしても93歳の自分、想像できない。

 サラリーマンは早々と卒業しているから、ここの予想は当たっている。
 続いて人生の絶頂期まであと5年になったが、これから道路工事の警備や駐車場の管理に命をかける人生が始まるのだろうか?それとも他の何かを始めるのだろうか?今のところそれはわからない。しかしどちらにせよ、目を輝かせて何かをやっているに違いない。
 最後の寿命だが、ぼく寿命はあと30年を切ってしまった。死ぬ時にどうなるのか、納得した人生を送るのか、それはこれからの絶頂期にかかっている。

このページのトップヘ