ぼくが32歳の時、ぼくの部署にM君という人が入社してきた。一見真面目そうな人間だつったが、彼はぼくがそれまでお目にかかったことのない変わり種だった。
 入社してきた時、彼は29歳だったが、それまで何度も職を変えてきたのだという。
 落着きがない。人の話を聞かない。物覚えが悪い。世間の常識がわからない。すぐにわかる嘘をつく。何事にもルーズだ。これではどこの職場も長続きしないはずだ。

 一番ひどかったのが時間にルーズなことで、彼はしょっちゅう遅刻してきた。それも普通の人なら5分とか10分といった分単位の遅刻だが、彼は2時間とか3時間とか時間単位の遅刻なのだ。何度注意しても連絡すらしてこない。
 決して病院に行ってきたから遅れたとかいうことではない。いつも夜更かしをして、寝過ごしていたのだ。しかし彼はそれを認めず、下を向き、いつも
「ね、熱が出て遅れました」と言い訳をしていた。

 酷い時には午後5時に来たこともあった。その時ぼくは言った。
「また熱が出たんやろ。こんな時間に来るくらいなら休めばいいやん」
「いや、もう熱は下がりました」
「熱が出やすい体質みたいやけ、無理せん方がいいよ」
「いや、どうしても仕事がしたかったので・・」
 などと殊勝なことを言っていた。
 しかしぼくは知っていた。その日彼は他の部署の人間と飲みに行くことになっていたのだ。さすがに病欠した日に飲みに行ったりするとまずいと思い、熱が下がったと言って午後5時に来たのだった。

 ある日のこと、彼は午後2時に出社してきた。9時半スタートの会社だったから4時間半の遅刻だ。
 例のごとく、彼は下を向いて言った。
「ね、熱が出て遅れました」
「また熱か。いったい何度あったんね?」
 Mは憮然とした口調で答えた。
「29度ですっ!」
「えっ、29度?」
「はい、29度ですっ!」
「ほんとに29度やったんやね」
「はい。何度も測ったから、間違いありませんっ!」
「普通そんな熱なら死ぬやろ。大丈夫ね?」
「はい。熱は下がりましたから」
 いったい何度になったのだろう?

 半年後の人事で、彼は違う部署に異動になった。そこでも彼はマイペースで仕事をし、いろいろなミスを犯した。そしてその数ヶ月後に会社を辞めた。