昌老

人生万事大丈夫!

 以前書いた記事です。
わが町の事を聞かれた時にこう答えた。
割と人が多く住む町で学校も多くあり、
徒歩十五分以内にJRの駅が二つあり、
なのに地域住民は不便だと思っていて、
マイカーが欠かせなくなっております。
近くには大きな工場がいくつもあって、
出勤して行く車と出勤して来る車とで、
道路は上下線とも大渋滞しております。

学校周辺には留学生が多く住んでいて、
ママチャリを漕ぐ中国人の学生たちが
狭い道を横一列に走って青春を謳歌し、
毎朝ターバンを巻いた男女とすれ違い、
近隣スーパーでレジを打っているのは
ワンさんチンさんホーさんキムさんで、
通りは様々な外国語が飛び交っている、
自分は日本人だと自覚できる町ですよ。

 三年ほど前に書いたものだが、最近コロナ禍の影響で留学生の数が減っているような気がする。中国人学生が青春を謳歌する姿を見ることがなくなったし、ターバンを巻いた人は見なくなったし、スーパーやコンビニのレジには日本人のおばちゃんが立っている。ワンさんやホーさんは国に帰ったのだろうか?

 いろいろなブログを見ていると、年末らしい写真を掲載されている方が実に多い。そこでぼくもやってみようと思い、午前中に行った商店街やイオンモールで写真ネタを探してみた。しかし、どこも似たり寄ったりで、これはというものが見つからない。
 「ま、いいか。元々文章中心のブログなんだし。それに写真は得意じゃない」
 と写真を諦め、食事に行った。

 今日の昼食は、いつも歩きに行っている貯水池のから2〜3キロ離れた、海産物や農産物を売っている市場にある食堂にした。そこの海鮮料理が安くておいしいのだ。

 食事をしている時だった。何気なく前を見ていて、あることに気がついた。
「たしか今日は冬至やったよのう?」と嫁さんに聞いてみると、
「うん。カボチャを食べて、ゆず湯に入る日よ」と答える。
「そうよのう」
 そう言うと、ぼくはおもむろにスマホを取り出し、そこに照準を合わせ、シャッターを切った。
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 この店、冬至の日の今日も、ちゃんと営業をしているのだ。確かに真冬でも氷を食べる人はいるだろうから、氷のノボリは仕方ないにしろ、さすがに『よしず』の演出はないだろう。

 以上、年末の一コマでした。

 以前、『雑おとこ』という記事を書いたことがある。
世の中実に多くの男がいるのです。
性格がいいと言われる男がいます。
イケメンと呼ばれる男がいます。
男らしいと言われる男がいます。
渋いと言われる男がいます。
男が惚れる男がいます。
家柄のいい男がいます。
バリバリ仕事が出来る男がいます。
大出世している男がいます。
それらと真逆な男もいます。

だけど恋をしている女の目には、
そういう余計なものは映らない。
たった一人の意中の男を除いては、
すべてその他の雑おとこ。
あの子にフラれたことのある
ぼくも、あんたも、あの人も、
彼女にとっては雑おとこ。
雑おとこ、雑おとこ、雑おとこ。
ただの話し相手です。
いいお友だちなのであります。


 若かった頃、好きだった女子にフラれたことを思い出して書いた記事だ。
 ぼくがその女子に、
「つきあってくれ」と言うと、彼女はちょっと困ったような顔をして、
「お友だちとしてなら・・」と答えた。
 かなりいい仲だと思っていたので、この答えはショックだった。
『それまで親しくしていたのは、友だちだからじゃなかったのか。今更「お友だち」もないものだ』と思い、しばらくふさぎ込んでいた。まったく女心というのはわからん。

 フラれた後に聞いた話だが、彼女、その頃好きな人がいたらしい。それならそれで何で、
「好きな人がいるから」と言って断らないのだろう。そうしてもらえればこちらも諦めがついたのに。

 記事は、フラれた当時を思い出しながら、
「はいはい、しょせん雑おとこなんですよ、わたくしは」
 などと言いながら書いていた。
 結局、彼女にとって男というのは、
『好きな人>お友だち=雑おとこ』だったわけだ。

 昔から頭髪の悩みと言えば、白髪の悩みだけだった。ところが最近、地肌が以前より透けて見えるようになってきている。ヤバイ・・。
 とはいえ時間をかけて白髪に悩む心を克服してきたんだから、薄毛を悩む心も克服出来るはずだ。
 ということで、このブログの中に散らばっているハゲや白髪の記事をまとめて、それを読んで克服の一助にしようと思っている。

1、
 青春は人生の汚染期だ
 老いは人生の異臭期だ
 白髪は頭髪の進化形だ
 ハゲは人類の進化形だ


2、
 ハゲや白髪の人を見ては、老化と決めつける人がいる。
 しかし、それは違う。ハゲや白髪は成長の証なのだ。だから決して老化とは言わない。
 老化というのは、身体の成長を老化と決めつける固執した心のことをいうのだ。


 5千以上も記事があるのだから、何かあると思っていたのだが、白髪はともかく、薄毛を肯定している記事はこの程度しか見つからなかった。

 他に何かないかと探していたら、こんなのが出てきた。

3、
 勉強会に集まる人の大部分が、ハゲ、シラガ、メタボだ。若い人もいることはいる。だけど周りからは同一視され、『大部分』の中に数えられている。
 もちろん本人たちは、ハゲ、シラガ、メタボを否定して若さを強調する。ところがこういう勉強会の本質が、実は同化教育なもんだから、同一視はどうにも避けようがない。
 そして彼らは知らないうちに、ハゲ、シラガ、メタボに同化されていく。さらには近い将来、後輩にも同じ勉強をさせて、同化させることになる。


 他にこういうのもあった。

4、
 明るい日がさす建物にある日影の窓をのぞいてごらん。縦縞スーツに身をかためたハゲや白髪が見えるだろう。ヤツらはそこの住人なんだ。いかにも真面目そうだろう?
 だけどハゲとか白髪とかは、真面目な人ではないんだよ。

 互いの主張を日々繰り返し、味方についたり敵対したり、挙句の果てには大声上げて罵り合ったり殴り合ったり、下手なケンカに明け暮れる。
 実は、そこの住人は、そんな暇潰しをやりながら、予算を消化しているんだよ


5、
 人間の平均寿命が百二十歳になったら
 大部分の五十代の髪は黒々しているだろう
 一部の白髪やハゲの人は早熟な人と言われ
 からかわれるだろう。


 とても一助にならん・・。

1、
 今日は朝から雨が降っていた。こういう日に限って、出仕事が入ってくる。
「悪いけど、来てくれんかねえ」
 人のいいぼくは、断り切れず、
「わかりました」
 と答えた。
 場所はすぐ近くだから、歩いて行こうと思って外に出た。しかし、すぐに考えを改めた。外はそんなに寒くはなかったのだが、そこは12月の雨だ。濡れるとやはり寒く感じるのだ。ということで、急遽車で移動することにしたのだった。

2、
 雨と言えば、以前書いた詩にこういうのがあった。
 傘をさすのが苦手なもんで

傘をさすのが苦手なもんで、
なるべく傘はささないことにしている。
そのせいで雨に濡れることもあるのだが、
さほど気にはならない。

昔からこんな調子だった。
傘をさす苦労に比べると楽なもんだと、
びしょ濡れで学校に行ったこともある。
もちろんクラス中の笑い者になったが、
それでも傘をさすよりはいいと思い、
みんなといっしょになって笑っていた。

そういえば最近は昔に比べると、
濡れることが少なくなったような気がする。
きっと空にいる神様がこんなぼくを見かねて、
降る頃合いを見計らってくれているのだろう。

 相変わらず傘をさすのが苦手だし、今は雨に濡れるのも苦手なもんで、車の中にはなるべく濡れないようにと、大きめの傘を入れている。
 しかし空にいる神様、今日は頃合いを見計らってくれなかったな。

3、
 雨の詩をもう一編。
 おかえり

午後十時半のエントランス。
雨でくもったガラスの扉に
どこかの子供が指で描いた
ドラえもんの間抜けな顔が
「おかえり」と出むかえる。
何も考えずに疲れたぼくは
「ただいま」と返している。

 これを書いたのは、一月の寒い夜だった。仕事で疲れて帰ってきた時にこれを見たとたん、心がホッコリしたのを憶えている。

 20年前に書いた記事(2001年6月1日付)に、気になることが書いてあった。

 ぼくは長生きするらしい
今日「あなたの人生採点します」というところで採点してもらったら、68点だった。
人生の絶頂期は69歳らしい。
69歳で絶頂期とは、その頃どんなことをやって絶頂しているんだろうか?
もうサラリーマンは卒業しているだろうから、道路工事の警備や駐車場の管理なんかに命をかけているだろう。
絶頂期なんだから、きっと目を輝かして仕事に励んでいるはずだ。
もう一つ、寿命まで書いてあった。
ぼくは93歳まで生きるそうだ。
あと50年も生きるのか・・・。
その頃どんなじいさんになっているんだろうか?
死因はなんだろう?
病院嫌いだから、老衰か野垂れ死にか、そんなところだろう。
それにしても93歳の自分、想像できない。

 サラリーマンは早々と卒業しているから、ここの予想は当たっている。
 続いて人生の絶頂期まであと5年になったが、これから道路工事の警備や駐車場の管理に命をかける人生が始まるのだろうか?それとも他の何かを始めるのだろうか?今のところそれはわからない。しかしどちらにせよ、目を輝かせて何かをやっているに違いない。
 最後の寿命だが、ぼく寿命はあと30年を切ってしまった。死ぬ時にどうなるのか、納得した人生を送るのか、それはこれからの絶頂期にかかっている。

 48歳の時、ぼくの所属していた部署が閉鎖になった。ぼくは専門職で雇われていたため、つぶしが効かないと判断され、リストラの対象となり、そのまま会社を退職することになった。
 それからおよそ一年間、表向きには失業保険をもらいながら、ハローワーク通いをやっていたのだが、その裏では、充分に時間が取れるので、『こんなチャンスはない』と思って、エッセイを書いたり、詩を作ったり、歌を作ったりしていた。仕事のない不安や焦りなど一切なく、前向きだったのだ。
 その時に書いた詩やエッセイや作った曲を、投稿したりしていたのだが、結果的には何も得るものはなかった。とはいえ、じつに充実した一年だった。
 それからぼくは、今の仕事に移った。

 今日紹介するのは、前向きになる少し前、会社を辞めたばかりの時期に作った歌です。


『ためいき』

さりげないためいきやめて
今日から真面目にやっていくんだ
昨日吐いたあの言葉に
嘘や偽りはないんだから

そしていつか見返してやるんだ
あいつも、あいつも、みんなまとめて
あの日のぼくは正しかったんだと
それがぼくの人生だったと

 もう振り返らない 風は追い風だ
 尽きることはない
 もしもつまずくことがあったとしても
 明日のための布石なんだ

疲れたふりなんかやめて
今日から素直に生きていくんだ
ほら明日が笑っているよ
その日の自分が手招きしている

 もう振り返らない 風は追い風だ
 尽きることはない
 もしもつまずくことがあったとしても
 明日のための布石なんだ

さりげないためいきやめて
今日から真面目にやっていくんだ
昨日吐いたあの言葉に
嘘や偽りはないんだから


 → ♫ためいき

地味な歌です。辞めた時は、ぼくを自主退職させようとして色々な工作を仕掛けてきた会社に憤りを感じていたのですが、この詩を書いてから後は、「所詮その程度の会社だったんだ。辞めて正解だった」と思うようになり、気持も安定し、前向きになることが出来たのです。
 なお詩の中の「布石」だが、何も言葉が思い浮かばなかったので、『あしたのジョー』のセリフに出てくる言葉を使わせてもらった。

 休みです。午後から雨が降るというので、午前中歩いてきました。場所は例の貯水池です。
 今日はスタート地点で、『餌くれ一派』にお出迎えされました。
 ぼくが歩いていると、草むらから出てきて「ミャー」と言う。ぼくが振り返ると「ミャー」と言う。ポケットからスマホを出すと「ミャー」と言う。スマホを向けると「ミャー」と言う。シャッター音で「ミャー」と言う。ぼくが去ろうとすると「ミャー」と言う。
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先日とは別のキジネコです。ぼくは前のよりこちらの方が好きだな。前のは野性味があり、愛くるしさがなかった。前回同様、餌は与えておりません。

 今日は休み。昼間、いつもの貯水池に歩きに行った。そこを歩いたのは二週間ぶりだ。さすがに前よりも気温は下がっていて、吹く風が冷たかった。
 前に歩いた時から変わったことといえば、気温だけではない。バッタがいなくなっていたのだ。二週間前には、ぼくの足元に絡みつくように、たくさんのバッタがいた。もう冬眠に入ったのだろうか。しかし、なぜか蝶は飛んでいた。

「もう冬なんだな」などと思いながら歩いていると、バッタではなく、コイツが足元に絡んできた。
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『餌を与えないでください』と、区が貼り紙で訴えていた猫の一派だ。かなり多くの人が餌を与えているのだろう、絡みつき方が板についていた。しかしぼくは、区の仰せの通り餌を与えることはしなかった。猫もそれを察したのか、「ニャー」と言いながら、ぼくから離れていった。

1,
 ぼくは22歳に社会に出てから64歳になった今まで、ずっと立ち仕事をやっている。若い頃は疲れたら休憩していたのだが、最近は座ることもせず、ずっと立っている。そのため体力をかなり使う。前に休みの日には歩きに行っていると書いたが、実は休みの日よりも仕事の日の方が多く歩いているのだ。
 しかし、時には立ったまま動かないこともある。そういう時は決まって腰に凄い痛みが走る。軽い腰痛ならストレッチで何とかなるのだが、そうなってしまうとストレッチが効かない。座ってもダメだ。

2,
 昨年ぼくは脳梗塞を患い病院に一週間ほど入院していたのだが、退院したその日から仕事復帰の前日まで、毎日10キロ以上歩いていた。周囲からは、
「大病したんだから、少し静養したほうがいい」と言われたが、
「一週間も入院していたんだから、静養はもう十分だ。それよりも仕事に復帰した時にバテない体を作らんと、別の病気になってしまう」と言って、ぼくは歩きを敢行した。おかげで仕事復帰したその日から、バテることなく一日を乗り切ることができたのだった。

3,
 腰痛には長年悩まされている。昨年入院する前、既に限界を感じていた。
「このまま立っていたら死ぬ」
 と感じた神さまが、体を休ませようと、別の病気を作って入院にさせたのではないかと思っている。しかし退院後もこの腰痛だけはどうにもならない。
 一度脳神経外科の担当医に聞いたことがある。
「ふくらはぎがしびれるんですけど、これも脳梗塞の後遺症でしょうか?」
「そこは脳梗塞でしびれる部位ではありませんよ。おそらくそれは座骨神経痛か、ヘルニアから来てるんでしょう」
「どうすれば治りますか?」
「ヘルニアなら手術すれば治りますよ」
 手術、その言葉を聞いて、ぼくは医者に腰痛のことを聞かないことにした。そして、運動で治そうと心に決めたのだった。

1,思い込み
ぼくが会いたいと願っているあの人は
きっとぼくに会いたくないと願っているのだ。
だからずっと会えないままになっている。
すぐそこにいるのに声すら聞けないということは
きっとそういうことなんだろう。
だからぼくはそこに行かないでいる。
だから連絡も取らないでいる。
思い込みがまたひとつ思い出を壊していく。
思い込みがまたひとつ楽しみを奪っていく。

2,負けず嫌い
きみから女を引くと、ただの負けず嫌いになる。
それだけを見ると、男は皆引いてしまうだろう。
ところがきみはそこの所を十分に自覚している。
きみが心をくすぐるのは、その負けず嫌いが
女を演じているところにある。
だからそこの部分を所々隠しながら
そこに女をかけているから、妙に心をくすぐるんだ。

3,わがままな男
知り合いに凄くわがままな男がいて、
いつもぼくらは振り回されている。
男は言う、
「自分ほど、他人に気を遣っている人間はいない」
と。すかさずぼくらは思う。
『あんたほど、自分のことしか見えてない人間はいない』
と。勝手に人に気を遣うのはいい。だけど
『こんなこと言ったら、人はどう思うだろうか』
なんて考えてはいないのだろう。
あんたのその独りよがりな気の遣い方が、
他人に迷惑をかけているんだよ。

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